第二十三通 心身の状態について

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 この頃、自らの心身の状態が悪くない様に感じます。とりわけ、幻聴が始まった当時と比すれば、それは、雲泥の差がある、という事が云えるでしょう。それでは、当時から現在にかけて、その状態は、どの様に変化したのでしょうか。
 かつて、私の心身は病的であったのであり、一面において、それは錯乱した傾向を有していたのだと思います。精神的な余裕が無く、追い詰められていたのであり、激しい頭痛に苦しめられてもいたのでした。更に、頭痛が始まるのと時を同じくして、不思議な男女が現れ、幻聴の声で私を罵倒し続け、私の五感を支配し、行動を操ろうとさえしていたのです。
 
 それは、私のこれまでの人生において、最も低調な時期であった、という事が云えるでしょう。それでは、当時の私の状態がその様なものであったのに対し、現在においては、それは、どのように変化したのでしょうか。
 
 現在の私は、好ましい状態に移行した、という事が云えるでしょう。例え、好ましくない状態を有しているにしても、それは、当時のそれと比すれば、わずかなものでしかありません。
 
 なぜならば、現在の私は、精神面に余裕があり、頭痛に悩まされてもいないからです。そして、幻聴の声に苦しめられる事も、五感を乗っ取られる様な感覚も、今では、過去の経験になっているのです。つまり、私の心的な状態は、好ましいそれに移行したのでした。
 
 それでは、どの様な要素が、私の心身の状態を変化させたのでしょうか。
 
 それは、一つには、霊界通信に親しんでいる事に依るところが大きいのではないでしょうか。私は、『シルバーバーチの霊訓』をはじめとする霊界通信と出会った事により、大霊と自身、現世と来世、そして、自然について、いくばくかでも知る事ができました。そして、それと親しむ事により、私の心身の状態は劇的に好転し、今では、心に余裕が生じ、偉大なる先人たち、賢者や覚者の言葉に向き合っているという次第なのです。
 
 つまり、霊界通信に親しむ事を中心とする、霊的な事柄が、私が好ましい状態に移行するに際して決定的な役割を果たしたのでした。そして、その様な過程を経て、現在の私は、哲人セネカや道元禅師の言葉に向かい合っているのですが、その言葉は私の心を豊かにしてくれるものであると共に、実の所、その云わんとしている所が、霊界通信におけるそれに極めて近いものである事に気付かされるのです。
 
 次に、食事と運動が影響を与えた、という事が考えられます。
 
 私は、当時の苦しみを教訓とし、そのどちらをも改めたのでした。具体的には、外食の多かった食事を、自炊、しかも、野菜と魚中心のそれに改めたのですし、運動面においては、定期的に体操を行なう様にしました。この様な試みは、主に、私の身体面における状態が好ましいものに移行する事に寄与し続けている筈です。
 
 最後に、この頃、坐禅を行っている事に依る影響が顕れている様に感じます。

 私は、就寝する前に、毎日の様に坐っています。風邪をひかない様に、肩と膝の上にブランケットを乗せ、正座をして背を伸ばし、静かに目を閉じるのです。

 そして、顎を引き、禅宗のお坊さんが書かれた本から学んだ呼吸法を始めるのですが、それは、肩の力を抜いて、腹から息を吸い、尻の穴に力を入れて、腹を引っ込めながら更に吸い、最後に、ゆっくりと、長く息を吐く、というものです。私は、この動作を、正座をする事により生じる苦痛が限界に達するまで繰り返しています。
 
 坐禅を始めて、しばらくの間は雑念が絶えないのは、私に経験が不足しているからでしょうか。それは、自身の内面性を反映した状態である様に見えます。
 
 しかし、その様な私でも、それを忍び坐り続けていると、諸々の柵から脱して、自らの心の奥へ進んで行く事ができるのです。そして、その様な事を経験している際、私の心的状態は、例外なく平安な状態にあります。私は、この事と、坐禅が終わった後に目が潤んでいる事の間には、何か関係があるのではないかと感じています。
 
 そして、更に、それらの事は、私の内面における未浄化の部分、つまり、未成仏霊の進化・向上とも関わりのある事なのではないでしょうか。
 
 目を閉じて静かに坐っていると、私は、自らが心的な存在である事を思い出させられます。物的な世界に浸り切っていると、その様な本質的な事を忘れてしまうのです。
 
 私は、本質的には心的な存在なのであり、心的な世界へ帰って行きもするのですから、自らの心と向き合うこういである所の坐禅については、行なう意義があるという事が云えるでしょう。
 
 道元禅師は、ひたすらに坐禅を行なう様に説かれています。私も、その様にするべきなのです。坐禅に親しむべきなのです。

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このページは、Kenji Takahashiが2008年12月13日 10:00に書いたブログ記事です。

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